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大阪高等裁判所 昭和24年(を)4512号 判決

被告人

高橋一雄

外一名

主文

原判決を破棄する。

被告人両名を各罰金弍千円に処する。

被告人両名において右罰金を完納することができないときは金百円を一日に換算した期間

その被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は全部被告人両名の連帯負担とする。

理由

弁護人菅原昌人の控訴趣意一について。

(イ)  弁護人は刑法第百三十条は住居並びに之に類する個人の自由権乃至所有権の保護を目的としたものであるから、同条の「看守」というのは私的利益保護の方法が講じてある場所、即ち立入が禁止されている所と解すべきである。従つて本件煙突は立入が禁止されていない。即ち看守がないから本罪は成立しないと主張するけれども、原判決の認定するところによれば被告人等は判示火造工場長の看守する現に稼動中の煙突の頂上に故なく赤旗を携えて登攀したというのであつて、右事実は原判決挙示の証拠によつて充分に認められ、本件煙突が刑法第百三十条「人の看守する建造物に該当し、被告人等の行為が建造物侵入罪となることは原判決説示の通りである。而して同条が刑罰によつて直接保護せんとする目的は人の看守する建造物については当該建物の平穏なる利用権の保護であつて、個人の自由権乃至所有権というが如き一般抽象的な法益ではない。凡そ火造工場の煙突に特に立入禁止の具体的な方法が講ぜられていなくとも、業務上の必要なくして之に登るということは条理上当然禁止せられているものと解すべく、且つその煙突が現実にこれを利用しつつある火造工場長の管理下にあるものであることは多言を要しない。殊に本件煙突は当時現に使用中であり之が継続使用は被告人等の生命に関する事態を引起す危険すらあつたのであるから、立入禁止の具体的方法が講ぜられていないとの一事によつて本件を適法視せんとする所論は徒らに形式に拘泥して社会通念を解しない粗雑な論議である。原審認定の如く被告人等の行為が業務上の必要に基いたものでなく不法の目的に出づるものである以上本罪の成立は免れない。論旨は理由がない。

同二について。

(ロ)  弁護人は被告人等はいずれも汽車会社の従業員であつて本件建造物に出入する権限があるから本罪は成立しないと主張するけれども、たとえ被告人等が汽車会社の従業員であつても、業務上の必要なくして単に赤旗を携えて煙突に登りいわれなく生命を危険にさらすが如き野蛮な行動は、看守者の許諾のあるべき筈がない。従つてかかる行為は刑法第百三十条に故なく「人の看守する建造物に侵入したる者」に該当する。被告人等の本件行為が建造物侵入罪を構成すること論をまたない。論旨は理由がない。

同三について。

原判決が被告人等の行為は争議行為でないから労働組合法第一条第二項の適用がない、本件は一部従業員によりなされたにとどまると説示しているのに対して弁護人は争議行為とは多数労働者が一団となつて労働条件に関し紛争を起している場合に業務の正当な運行を妨げる行為を指すのであつて、それがいわゆる労働組合であると否と、又労働組合があつた場合にその一部の複数労働者が行為を起そうと否とは問うところではない、本件は労働組合法第一条第二項の適用があると主張するが、原判決の認定するところによれば被告人両名はその所属する青年行動隊員等の意向を容れ労働組合側の頗る非なる状態を打解する為め同会社内の煙突に登り以つて平常通り勤務する従業員の闘争意識をあほり之を争議状態に導かうと決意し、両名共謀の上本件行為に出でたのであつて、右事実は原判決の掲ぐる証拠によつて充分に認められる。なおその当時従業員は平常通り勤務し別段険悪な空気もなく、労働組合は本件行為に全然関係していない事実及び青年行動隊員の会合で形勢の打開のため煙突に登攀することが議せられたが未だ実行の時期方法等は決定するに至らなかつた事実も亦原判決説明の証拠によつて明かなところである。弁護人も主張している通り争議行為とは多数労働者が一団となつてなすこと即ち少くとも工場の従業員の相当数が意識を統一して集団的に行動することが必要である。然るに本件は被告人両名が個々の意思にもとづき状勢打解のため一般従業員の闘争意識をあほり之を争議状態に導かうという両名の個人的主張を貫徹するために争議発生前になされたものであるから、争議行為にならないこと弁護人の主張自体からみても明瞭である。仮りに百歩を譲りこれが争議行為であるとしても、いかに争議行為の具体的方法に制限がないからとて、争議行為は単に業務の正当な運営を阻害しさえすれば手段を撰ばないというが如きは文明社会の労働者には適用しない見解である。被告人等の行為が被告人等自身の生命の危険を来す程度のものであつたことは原判決説示の通りであるから、生命権の抛棄に等しい本件行為が正当な争議行為と認められないことは勿論である。所論は生命の尊敬を無視し争議のために生命の抛棄までも承認する暴論であつて採用の限りでない。

検察官の控訴理由第三点について。

検察官は原判決は本件犯罪の日時を昭和二十四年五月二十五日と判示しているが原審の証拠によつて認められる日時は同年六月二十五日であること明白であるから事実の誤認であると主張するので、調査するに被告人両名が本件の煙突に登つた日は青年行動隊員の会合のあつた昭和二十四年六月二十五日の午後一時頃であつて、右事実は原判決の掲ぐる証拠によつて充分に認められる。原判決は青年行動隊員の会合のあつた年月日を前に記載したものと誤解し煙突登攀の日を同日と誤記したものと認められるのみならず犯罪の日時はいわゆる「罪となるべき事実」そのものでなく単に犯行の情況又はその同一性を示すべき事項たるに過ぎないのである。従つて原判決に右の誤認があつたとしても本件犯罪の情況又は同一性の認定に少しも欠くるところはない。かかる事実の誤認は判決に影響しない。論旨は罪となるべき事実の意味を誤解したものであつて採用できない。

菅原弁護人の控訴理由第四及び検察官の控訴理由第一点について原判決には法定刑の範囲を超えて被告人両名を処罰した違法の存することは明瞭であるから、原判決は破棄を免れない。

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